公共の福祉T

みどり:「お父さん、危ない目に遭ってきちゃった。歩道を歩いていたら、後ろから来た自転車にぶつかりそうになったの。」

父:「そりゃ、危なかったね。その歩道は、自転車が通っていい歩道なのかな?」

みどり:「自転車も通れる歩道なんだけど、だからといって、歩行者を危険な目に遭わせていいわけないよね。その人、謝るどころか、『気をつけろ!』と叫んで行っちゃったよ。」

父:「原則自転車は車道を通らなければならない【注:道路交通法17条1項】のだけれども、自動車の多い一部の道路では自転車が歩道を通ることが許されているところがある【注:道路交通法63条の4】が、そういうところでも自転車は歩行者の安全を考えて通らなければいけないはずだ。自分に通る権利があるからといって、歩行者を危険な目に遭わせていいわけがないね。権利は『公共の福祉』【注:憲法12条「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」】のために使わなければならないからね。」

みどり:「『公共の福祉』って何?」

父:「憲法では、国民の基本的人権が保障されているけれども、無制限に権利を行使できるわけではなくて、他人の権利を侵害しない範囲で行使できるんだ。他人の権利を侵害しないこと、これを公共の福祉』っていうんだ。簡単にいえば、他人に迷惑をかけない、ということかな。」

みどり:「最近、『公共の福祉』に反している人が多いね。大学の講義に出ても、他の学生が近くでおしゃべりしていて、教授の講義がよく聞き取れないの。これって、『表現の自由』を行使して、私の『学問の自由』を侵害しているっていうことかしら?憲法でいくら『公共の福祉』って規定しても、守らない人がいるから、困ったものね。『公共の福祉』を『公益』に置き換えたら、もっと守られるようになるのかしら?」

父:「『公益』というと、また別の概念になるね。『公共の福祉』というのは、人と人との間の権利がぶつかり合った場合に、重い方の権利を行使させて、比較的軽い方の権利を行使しようとしている人には我慢してもらう、というときに使うものだけれども、『公益』というと、個人と個人との権利の対立を超えて、国と国民個人との権利の対立が起きたときに、国の権利を優先する、という考え方になるね。たとえば、軍用機の離着陸訓練の音がうるさいから、訓練をやめてくれと住民が要求しても、軍用機の離着陸訓練は『公益』だから、やめられない、というようなときに使うんだね。」

みどり:「それじゃ、『自衛隊のイラクへの派遣反対』というビラをまいたら、『公益に反する』からという理由で捕まえることができるようになる、ということね。『公共の福祉』を『公益』に置き換えてしまったら、国にとって都合の悪いことは、簡単に取り締まれる、ということになっちゃうね。」

父:「そうだね。政府の方針に反することは、すべて『公益』に反するという理由で取り締まることができるようになるから、国の都合で国民の権利をほとんど制限できることになるね。それじゃ、法律により国民の権利をいくらでも制限できた明治憲法下へ逆戻りだ。『公共の福祉』なら、他の人の権利を侵害しない限り、国民の権利を制限できないわけだから。」

みどり:「それじゃ、『公共の福祉』と『公益』の差って、ずいぶん大きいのね。同じような言葉だから、たいして違わないのかと思っていた。」

父:「『公共の福祉』と『公益』は大違いだよ。確かに最近、自分勝手な人が多いけど、現憲法の『公共の福祉』の趣旨を徹底させれば、問題は解決できるんだ。他人の権利を尊重する気持ちが、自分の権利を守ることにもつながるんだよね。」

 

▲このページのトップに戻る